何をもって個性と言うのか

まず個性は作るものではありません。取り巻く環境や経てきた出来事、様々な周囲からの働きかけの末に生じた、あなただけに持ち得る特徴を個性と言います。その為、厳密に言うならば個性の無い人間など存在しません。ですが個性を欲する人が多いのも事実。では既に個性を有しながらも欲する方達は何をもって個性と言い表しているのでしょうか。少なくとも現状に満足せず、新たなそれを求めている故の考えと見られます。つまりは人に認められる個性と、そうではない個性が存在すると言う事でしょう。
では人に認められる個性とは具体的にどのようなものでしょうか。他人が見て分り易いからこそ、個性だと判断されていると考えるならば、個性的だと判じられ好まれるひとは自己表現が上手いと考えられます。つまり自分の見せ方が上手い、ことに他なりません。ならば見せ方が上手いとは何を表すのでしょうか。ある人は言いました。人の個性とは弱さで、更に言うなればその弱さの出し方だと。またある人は、人に好かれる欠点または他人を魅了する短所が個性だと言いました。
秀でた点と言うのは、設問に模範解答を行うようなものです。予め答えが定められている場所に、上手くピースをはめ込もうともそれは決して個性にはなりませんね。勿論、模範解答を軽んじている訳ではありません。正しき答えを、考えを、行動を取れることは素晴らしく掛け替えの無いことだと思います。そして何かを極めること、それ自体が努力であり才能であり、個性である事は間違いありません。ですがここでは一旦置き、弱みについて考えて行きたいと思います。

弱さが強みに転じるとき

一般的に負の印象でしかない弱さが好まれる、という現象はいかにして起きるものでしょうか。言い換えるならばこれは人に好かれる弱さ、と表すことも叶うかと思われます。つまりは他人の目から見て娯楽と成り得る弱さとの意味合いでは無いでしょうか。
これには大きく二つに分けられます。何か大きな良さの裏に潜む短所と、それ自身が愛される短所です。解り易く大袈裟な例を挙げるならば、前者は偉大な芸術家だが、寝食を忘れて没頭するため生活の面倒を見てあげないと生きては行けないと言ったもの。後者は、余り利口ではないものの愛想が良く話していて心地良いため、物事を説明する際多少はイライラするもののどうにも憎めないと言った感じでは無いでしょうか。どちらにも共通するのが、嫌味のない弱さだということ。もう少し付け加えるならば、受け入れ易い弱さです。これは何より重要で、いくら能力に優れていようとも受け入れ難い特徴は”個性”として認められず”変わった点”つまりは変人と見なされ兼ねないのです。
ただこの一般の思考から大きく外れた”変わっている”要素であろうとも、表面化の仕方では幾らでも受け入れられる余地は有りますが。要はひとと心地良い接し方が出来るか否かに掛かっています。これも心掛け次第でどうにも変われるものですから、少しずつでも身に付けて頂けたならと思います。

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