童貞とは何かを改めて考える
童貞とは多くの場合に女性との性交を行ったことの無い男性を指します。しかし性交を行うとの事については判断基準が人によりまちまちで、他者への挿入を伴う射精を行った時点で童貞喪失と見なす場合、性交を職業としている者との交わりでは完全なる童貞喪失とは見なさない場合、中には自慰行為により童貞を喪失するとの考えも有ったそうです。
男性は女性と違い性交の有無にて身体的変化は見られません。その為、経験の有る無しは本人の口から語られ初めて知ることが叶います。
では女性に対し男性としての自信が持てない事を表す言葉とも考えられないでしょうか。つまり童貞であると言うことは、本人が自身をそう認識するが故の状態に他なりません。ならば幾度も性交を重ねながらも、行為に対し自信が持てない方が居たならばその方もまた童貞であると考えられるのでは無いでしょうか。
童貞とは漢字の示す通り童(子ども)の如し節操を持つ者、との意味です。子どもと大人の境もまた曖昧なよう、童貞と非童貞の境も定まることは無いでしょう。とは言えその事について恥じる必要は何ら有りません。当たり前の事ですが、性交を行った経験が豊富であれば偉い、などという馬鹿げた事は絶対に有り得ないのですから。
言葉の持つイメージ
「童貞」という言葉に抱く印象は男性か女性かにより全く違うものだとご存知ですか。そして童貞である事を恥じるのは、同性に対する劣等感であり雄としての本能を全う出来ていない焦りから来るものに他なりません。それが転じ今ではモテないこと、魅力がないことの代名詞のよう扱われがちですが、そのように印象付いた背景には童貞を脱した同じ男性からの圧力が否めないと私は感じます。
童貞を脱することを男になる、との言葉で表すようになったこともまたその一因でしょう。男子として生まれながらも、未だ男になりきれぬというレッテルを張られることへの屈辱。そして男として一つ格を上げたかのよう感じる錯覚に対しての憧憬。それらが劣等感を揺さぶり、焦りを生み出すのです。その為に秘匿すべき事柄だと印象付けられ、万が一にも知られようものなら雄としての尊厳を損なわれ兼ねない。極端に言うならば人社会の中で底辺へと位置付け兼ねられないという恐怖。それらが枷となり、童貞という言葉に対し恥辱や嫌悪感を覚えるのでは無いかと私は考えます。
ですがその印象が正しいとは思いません。口ではなんとでも言える、だの、童貞を脱した者に気持ちなど分らない、などと思われるかもしれません。それでも他者の言語に惑わされ己を見失う愚かさは心得ているつもりです。先ほど記したように、童貞とは己の心により定められるもの。あなた自身が現状を把握し、改善点を知る事により幾らでも変化を望める事に他ならないのですから。何よりも重要な事は一つです。それは己を、恥じぬこと。それだけです。
