弱さを知ることは、強さへの第一歩
コンプレックスとは和訳すると劣等感です。劣等感を抱くことが出来ると言うのは自分の非を知っているという事です。弱さを知らない人間は決して強くはなれません。例えば水道の水が止まらなくなったとしましょう。しかし何処が壊れているのか分からない。それでは直しようが有りません。当たり前の話のようですが、多くの人は自分の欠点に気付いていません。例え気付いて居たとしてもそれを大きな問題として捉えていません。その為、直すという考えにすら至らない始末。
何かに対し劣等感を抱くというのは、成長の機会を得ることに等しいのです。人としての成長。願おうとも容易に得られないその機会がいつの間にか得られていた。ならば生かさぬ手は無いと、そう考えてください。努力することで今より悪くなる事はないのです。いわば約束された成功のようなもの。そう、気軽に考え挑んでみてください。そして今一度ご自分の嫌なところへと目を向けてください。決してそらさずに、認めてあげる気持ちを持ち見つめてください。悪い点も良い点もあなたの一部です。どちらも受け止めてこそ、先へ進む一歩が踏み出せるのですから。
童貞コンプレックス?
童貞コンプレックスとは、女性との性交渉が未経験な事に対し抱く羞恥心、劣等感、恐怖心の別名と言われています。中には一つの青春であるとも言われていますが、当事者にとっては決して心穏やかなものでは居られぬものでしょう。
「初めては好きな人」という幻想的な夢を捨てきれず年齢だけがかさを増し、童貞コンプレックスを拗れさせるという見方が一般的なようです。
しかし昨今では童貞という状態にコンプレックスを抱かぬ若者が増えてきているとの話も有ります。無理をし表面に見せないのでは無く、所謂女性における「処 女」の認識でしょうか。自慢する事では無いが、恥じる事でもない。成り行きに任せた結果、現在は童貞であると開き直る為、童貞に対するコンプレックスが元 より生じないという話です。
ただ、性交渉を重視する思考からは解放されようとも、独り身であるという「孤独」への感性までは拭いきれず、恋人への甘く夢物語のような幻想へと転じたの では無いでしょうか。それ故に「クリスマス」や「バレンタイン」といった「恋人達の」行事に対し酷く批判的になることもしばしば有るようです。
ただ、コンプレックスが一つ消えるという事は、生きにくさが一つ消えるということ。
長い日々を生きて行く中、悩みが一つでも解消されるというならばどのような形であれ、喜ばしい事かも知れません。
